Vol.4
介護は、相手をどれだけ受容
できるかということ。
私の器が試されている。

数時間前に行なった、誕生日パーティを忘れた母

 昨年の9月、母の79歳の誕生日を祝いました。ちょうど映画「THEダイエット!」のプロモーションで帰国していたんです。姪を含めた数人で誕生日パーティを行なったのですが、母はその日に開いたパーティの記憶すら失ってしまいました。自分の誕生日は覚えているものの「誰も祝ってくれなかった…」と残念そうに話すのです。エピソードごと記憶がごっそり抜けてしまう母を目の当たりにして “これは母の様子がおかしい”と思いはじめました。

 またその前後のことでしょうか、母はあまり料理をしなくなりました。料理をしても、味付けのない料理をするようになったんです。どうやら砂糖やおしょうゆの微妙な匙加減がわからなくなっていたようでした。
さらに母は、お風呂にほとんど入らなくなっていました。あんなにキレイ好きだった母が月にたった1〜2度のペースでしか、お風呂に入らないのです。次第に生活の中で当たり前だったことが分からなくなったり、できなくなってきたんです。ただ母は、そういう風に変化していく自分に苛立ち、戦っているんだな…ということは、私の目にも見てとれました。
それで私は“母をこれ以上一人にはしておけない、帰国しよう”と思うようになったんです。私には事情があり、息子をシドニーの父親の元に置いて日本に帰国しています。母の辛さを少しでも緩和できるのなら…と思った時点で母と二人三脚の介護生活が、はじまったのです。

認知症になってはじめて母は、自分にナチュラルになれた。

 母を病院へ連れて行き、検査した結果、アルツハイマー病ということがわかりました。現在、介護認定を申請中ですが、おそらく介護度1の症状ではないでしょうか。私はそんな母を毎日のように撮影しています。たとえば、薬に関しては本人に合うのかどうかわからない、介護のノウハウもよく知らない。一体私はどうしたらいいのか考えました。まずは“本人が一番ツラく考えている精神面をサポートしよう”と思ったんです。
“それでいいんだよ”と肯定することが、母の救いになると考えました。たとえば母は冷蔵庫にウェットティッシュを入れたり、空のペットボトルを入れたりします。それを目撃しても決して叱責せず、私は見て見ぬ振りをします。母の自尊心は、絶対に傷つけないようにしているんです。日々の生活の目標は〈一日一笑〉で、とにかく悲惨な時にこそ、私の自虐で笑いを取る。それが母の精神状態を安定させていると思います。

 ただ母のほうは昨年に比べると、認知症が確実に進んでいます。そのせいか昨日のことはおろか、たった今の自分の失敗すら思い出せなくなってきているようです。でもある意味では、救われているところもあります。母は自分に対する失望感と闘わなくてもよく、その分苦しまなくていいわけですから。もともと母はプライドが高く、何でもキチンとしなければ済まなかったタイプの人間でした。周囲を気にして言いたくても、言わない自制心の強い人でした。ですから、認知症になって自分に正直な母を見せてくれるのがうれしいんです。あぁ、よかったなぁと喜びにさえ感じます。

認知症は感受性を豊かにする。時に人間の本質を見透かすことも。

 今のところ私は、デイサービスやショートステイを利用していません。それは母自身が行くことを嫌がっているからです。まずは母の気持ちを尊重してあげたい。ただ、母の認知症の症状は進むに違いないですから、その時には、いろいろとお世話になろうと考えています。その時のためにケアマネージャーさんにも相談しています。

 私は母と過ごしながら、こう思ったんです。介護は“介護をする側の器が試されること”なのかも、と。介護される側が進む方向はわかっているのだから、実はすべては受け止める側の問題なのです。介護される側はふだんの生活の中で常に現在の進行状況を発信しています。ですから、介護する側が、それをしっかりと受け取り対処の仕方を考えることができるのかどうか。介護をする側の私たちは、いつも自分たちの思惑で上手くいかないといらだったり、行動したりしていないかどうか。

 人は認知症になると理屈や理性は失われますが、その分〈感受性〉が豊かになる気がします。たとえば介護をしていると誰もが必要以上に、介護される側にやさしく接したりします。それが介護される側にとっては、カチンとくることもあるんではないでしょうか。認知症なんだから、という私たち介護する側の態度を介護される側は、キチンと見抜いている。母と接しているとそんな風に思えます。人間の本質を鋭く見抜いているなあ、とつくづく思いますね。

プロフィール

関口祐加さん

映画監督。
20代でオーストラリアへ渡り、1989年第1回監督作品「戦場の女たち」を発表。メルボルン国際映画祭でグランプリ受賞を皮切りに、数々の賞を受賞する。昨年は、「THEダイエット!」が、日本で公開され話題を呼んだ。
現在、認知症と診断された母80歳(要介護認定申請中)を介護しながら、母を被写体にした映画「此岸(しがん)、彼岸」を鋭意制作中。

1日のスケジュール
7:30 起床
8:00 父の仏壇に手を合わせるよう母に伝える
9:00 朝食
10:00 休憩
12:00 昼食
    | 昼寝
18:00 母に「自転車に乗りましょう」と誘う
19:00 夕食
20:00
    |
近所に住む孫が遊びにくるため母に孫を見送るよう伝える
21:30 夕食の片づけ
22:00 就寝
質問する
共感広場

自宅で介護している方々へのメッセージ

楽しい介護とは、いい加減な介護だと思います。仮に認知症になった家族がいて洋服を裏返しに着たならば、私はそのままでいいと思っているんです(笑)。裏返しに洋服を着るとか、家がキチンとしていないとか、そういうことは人生の本質に関わることではないのです。
もっと気楽に楽しくいきましょう。介護する側が自分で自分の首を絞めないこと。そしてどうして楽しいと思えない自分がいるのかを考えることが大切なんじゃないでしょうか。

※ 関口祐加監督が、認知症の母を撮ったドキュメンタリー映画『此岸(しがん)、彼岸』は来年公開予定。
【新作の映像ブログ】
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